9415歩 55分
下の子の用事で外出。
下の子の用事で外出。
下の子の用事で外出。
風が強くてまいった。
開国前後に初めて洋食を口にした人の日記や旅行記をもとに書かれた本。幕府の役人、留学生、その従者らの異文化体験である。
メニューとその感想、そして解説から成る。食に対する興味が薄いので途中で飽きてしまった。
以下付箋を貼ったところ。
・こういう中、牛の屠畜と牛肉生産を公に認めている藩が全国で一つだけあった。幕末に大老・井伊直弼を送り出した譜代名門の彦根藩である。
・井伊家では赤斑牛のロース部分を味噌漬けにし、毎年将軍家をはじめ御三家、老中など幕府の要路へ養生品(薬)として献上することを習わしとしていた。
・薩摩藩では労役に使う牛や馬の肉を食べることは禁じていたが、豚肉については制約がなく、領民の間では古くから「歩く野菜」などと称し、広く食べられていた。
・甲斎は安政元年(一八五四)年秋、プチャーチンを全権とするロシア使節団が伊豆下田に来航した際、ゴシケヴィッチという通訳と知り合い、日露辞書編纂への協力を持ちかけられる。…そこでゴシケヴィッチらは帰国する際に、自分たちの荷物の中に甲斎を潜ませて船に運び込むことにし、みごとに成功する。…甲斎の仕事ぶりは周囲にも評価され、外務省の臨時職員から正規職員に取り立てられた。
・長州藩の場合、時の藩主毛利敬親が次代を担う五名の若者に対し「五年間の時間を与えるから、海軍術をしっかり学び、帰国後海軍一筋をもって奉公せよ」という親書と資金を与えて送り出した。
福豆を買いに外出。

普通においしかった。
時節柄、不要不急の外出を控える。
心理カウンセラーがイヤな気分の切り替え方について書いた本。
「一週間」に注目したため時間管理術かと思って借りたが、イヤなことは寝れば半減する自分には無用な本だった。書かれていることはほぼ自分にとっては当たり前のことである。したがってかなり有効な本ではないかと思われる。
以下付箋を貼ったところ。共感する部分が多すぎた。
・さらには、一瞬イヤだなと思っても、次の瞬間には忘れられる。究極的には、何があってもイヤな気持ちが湧いてこない…。こうなれたら最高でしょう。
・こちらがしっかりとやるべきことをやっても、なおかつ相手がかたくなだったら、それは相手の人間性の問題として、自分はもうこれ以上は関知しないことにする…。
・サッサと片づければ、イヤな気分もそこで終わる
・…ある程度は考える時間を作って、そして、だいたい考えたなと思えたら、もう考えることはやめてみる。
・「これは自分が悩んでも仕方がないことだ」と考えて、悩みをストップすることができればそれでOKです。…ただオロオロと悩むのをやめて、自分に何かできる余地がないかを考え、そのできる部分に早速取りかかる。
「人事を尽くして天命を待つ」
・一方、願望に執着していなければ、起きてしまった現実を現実としてそのまま受け止めることができます。結果、「イヤなことだ」という意味づけをすることもなく、イヤな気持ちになることもないのです。
・同じように他人への願望に執着しているときも、その通りにならないとイヤな気持ちが生じます。
・自分の罪を許すことによって、自分を必要以上に責めなくてもよくなります。
すると、本当に反省すべき点を冷静に見つめられるようになります。
・イヤなことを終わらせるためにはどうすればいいか。突き詰めると「願望への執着を手放す」ということに尽きます。
イヤなことだけでなく大事なこともすぐ忘れてしまうので問題だ。
スーパーへ買い出しに行く。
下の子に風邪をうつされたかもしれない。不調。
西行、そつのない登場。お見事にございます。
が、忠盛が圧倒的にかっこよかったので見終わったときには西行の初登場を忘れてしまっていた。
忠盛もかっこいいのだが、これは為義の不甲斐なさが立派だからである。義朝が聡明な息子だからである。
鳥羽上皇と藤原忠実忠通親子もよかった。朝廷側はいつも楽しんで見られる。
清盛は今日も存在感が薄かった。とうちゃんが健在なうちはなかなか目立てないか。